乾御門
乾御門
乾御門は、明治21年(1888)の明治宮殿の造営に際して、旧西丸の焼失時に焼け残った裏門を現在地に移設して黒漆の薬医門形式の門に改築した。乾門の名は、江戸城の西北に位置する戌亥(乾)の方角にあたることで命名された。この対角線上にある巽二重櫓は、辰巳の方角にあたる。
この乾門は、北の丸にあった近衛師団の第1、2連隊の正門と相対していて、宮城(皇居)を日夜警備する近衛兵の出入口でもあった。乾門に入ると左に乾濠(三日月濠)、西桔橋門、蓮池濠に沿った乾通りには、桜や紅葉など四季折々を彩る通りで宮内庁に至る。主に皇室の方々の通用門になっていて、警備も厳重である。

乾御門と乾門通り

乾門通りの桜と蓮池濠

乾御門は、上覧所に位置する。
赤線は、天下祭の経路であり、半蔵門~竹橋門の間を通り抜けられる許認可の麹町住民の通行路である。九段坂が急坂で遠回りになるため、麹町番町へ食料など物資を搬送する鑑札をもつ者に限られる。江戸三大祭りで、半蔵門より入城して、上覧所で将軍および大奥の方々に最高潮で披露して、竹橋門より下城する。

by watkoi1952 | 2012-07-04 18:37 | 江戸城三十六見附 | Comments(0)

