清水御門



清水御門




清水御門は、寛永元年(1624)備中国足守藩主浅野長晟により建てられ、万治元年(16588月に修復された。枡形内の濠側に石塁を設けていないのは、左塁上から攻撃するためである。門名は、この牛が淵に清水が湧出していた事に因んでいる。





清水御門_a0277742_1748195.jpg





宝暦9年(1759)九代将軍家重の次男重好が、北の丸東一帯に屋敷地を拝領して、御三卿の清水家を興した。文久元年(1861)皇女和宮が降嫁のとき清水屋敷に逗留した。和宮の婚礼準備を終えた1211日正午に清水家正門を出て、結紺前なので大手御門より二ノ丸から大奥に向かわれた。





道中の両側には、緋と紺の鍛子の幕を張り廻らし、白昼ながらも灯を点じた台提燈を一間置きに並べ立て、その中を牛に引かせた御所車で進まれた。文久3年(1863)の本丸炎上時には、将軍家茂と正室和子(静寛院宮)は、この清水家に避難している。昭和36年(19616月7日清水門は、国指定重要文化財に指定された。




清水御門_a0277742_17212870.jpg








清水門前の土橋の堰で牛が淵の水位を保持している。

清水御門_a0277742_21274463.jpg






牛ケ淵


牛ヶ淵の右前方に水位を保つために設けた清水門前の土橋が見える。その右手に清水門がある。その土橋を左に進むと現在の千代田区役所がある。中央右上に雉子橋門内の高麗門と渡櫓門が見える。





清水御門_a0277742_17592927.jpg







清水御門_a0277742_21284962.png








清水門枡形高麗門内より千代田区役所を望む


清水御門_a0277742_12520524.jpg









by watkoi1952 | 2012-06-29 18:00 | 江戸城三十六見附 | Comments(0)