清水御門
清水御門

宝暦9年(1759)九代将軍家重の次男重好が、北の丸東一帯に屋敷地を拝領して、御三卿の清水家を興した。文久元年(1861)皇女和宮が降嫁のとき清水屋敷に逗留した。和宮の婚礼準備を終えた12月11日正午に清水家正門を出て、結紺前なので大手御門より二ノ丸から大奥に向かわれた。
道中の両側には、緋と紺の鍛子の幕を張り廻らし、白昼ながらも灯を点じた台提燈を一間置きに並べ立て、その中を牛に引かせた御所車で進まれた。文久3年(1863)の本丸炎上時には、将軍家茂と正室和子(静寛院宮)は、この清水家に避難している。昭和36年(1961)6月7日清水門は、国指定重要文化財に指定された。

清水門前の土橋の堰で牛が淵の水位を保持している。

牛ケ淵
by watkoi1952 | 2012-06-29 18:00 | 江戸城三十六見附 | Comments(0)




