雉子橋御門

雉子橋御門





雉子橋御門は、寛永6年(1629)に陸奥国と出羽国の大名によって、築かれた。家康が朝鮮の来聘使を饗応するため、鳥小屋に雉子を飼った由来で雉子橋門と名付ける。雉子橋を渡ると、広小路になり、前面が清水濠、左に雉子橋門の渡櫓門、枡形の西側は清水濠に近接していた。




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現在の雉子橋を渡ると左手に毎日新聞社のビルがあり、その向いに内濠の竹橋門が見える。旧平川の流路をたどった外濠の城門は、ここで終わる。濠はこの先の堀留橋まで通じていた。その先は神田川まで埋め立てられていたが、明治になって開削され、小石川門で神田川と合流した日本橋川は、運河として利用されている。





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雉子橋門内


清水濠の左に見える雉子橋門の枡形を左に抜けると、中央奥に見える竹橋門に通じる。




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大正14年(1925)に架橋された雉子橋


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by watkoi1952 | 2012-06-27 09:55 | 江戸城三十六見附 | Comments(0)