数寄屋橋の浮世絵


数寄屋橋の浮世絵






文久
3年(186314代将軍家茂の上洛の行列が、馬印を掲げ数寄屋橋を通過する様を二代目歌川広重が描いている。正面の富士山の手前に、陸奥白河藩の侍長屋敷の白壁が目に入る。つまり、有楽町マリオンから帝国ホテル方面を望んだ構図である。



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数寄屋橋御門


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数寄屋橋御門と南町奉行所


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富士三十六景 数寄屋河岸


数寄屋橋御門を出て土橋を歩く人が見える。荷船は、数寄屋河岸の土橋で行き止まりである。



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昭和39年(19641010日の東京オリンピックに向けた数寄屋橋付近の突貫工事中の写真である。用地買収の必要のない埋め立てられた外濠国有地の上に高架を築き、首都高速道路を建設した。





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by watkoi1952 | 2012-06-24 15:48 | 江戸城の内濠と外濠の景 | Comments(0)